山の神古戦場

更新日:2021年5月11日

「山の神古戦場」について

山の神古戦場

文化財の区分

松山市指定記念物(史跡)

指定(登録)年月日

昭和41年4月10日 指定

所在地及び所有者(管理者)

解説

 治承3年(1179年)10月3日付け源頼朝より河野通清に依頼状があり(現在高野山金剛三味院に保存)、これを快諾した通清は四面平家の勢力の中で、敢然として頼朝に呼応した。この時、備後の奴可入道西寂(ぬかにゅうどうせいじゃく)が兵船3000をもって高縄城に進攻、注進により道後館より一族16騎、兵120人をもって帰城途中敵の伏兵と遭遇、大いに戦うも利あらず、治承4年(1180年)1月15日山中の大松のもとで割腹し、家来の者がその首級(しゅきゅう)をもち大栗へ落ちのびたと伝えられる。
 その大松は昭和40年(1965年)枯死した。

お問い合わせ

文化財課(文化財保護担当)

〒790-0003 愛媛県松山市三番町六丁目6-1 第4別館2階

電話:089-948-6603

E-mail:kybunka@city.matsuyama.ehime.jp

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