このページの先頭です
一人でも多くの人を笑顔に 幸せ実感都市 まつやま
サイトメニューここから
このページの本文へ移動
文字拡大 大 中 小 配色変更 青色背景に文字が黄色 黄色背景に文字が黒色 黒色背景に文字が黄色 音声読み上げ Multilingual モバイル サイトマップ

  • くらしの情報
  • 市政情報
  • 施設案内
  • 観光・イベント


本文ここから

梅の子島砦跡

更新日:2012年3月1日

「梅の子島砦跡」について

梅の子島砦跡

文化財の区分

松山市指定記念物(史跡)

指定(登録)年月日

昭和43年10月 指定

所在地及び所有者(管理者)

外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。松山市睦月(外部サイト) 公有地ほか

解説

 梅の子島砦跡は、睦月島の北東、芋子瀬戸に浮かぶ標高32m、周囲200m余の小島にあり、干潮時には歩いて渡れる。梅の子島砦は、中島の海の玄関ともいうべき要所にあり、本山城・泰山城への見通しもきくことから、難攻不落の要塞であった。
 『大洲旧記・第十二』に「睦月村、梅子城、城主村上源左衛門」とあり、代々、村上氏の居城であったと考えられる。村上氏の出自は、応徳元年(1084年)、藤原親賢とともに流刑された三条院式部大臣道紹の後裔と、その弟の盛久といわれており、この2人の位牌が睦月島の玉善寺にある。
 『忽那島開発記』には、「興国三巳年、河野対馬入道善慧当島乱入剋、喚一族野島一類、梅児護中島本山楯篭」「三月廿一日、廿二日、廿三日、野島・梅児・長師三箇所合戦、討勝散々畢」とある。興国3年(康永元年−1342年)3月21日、3日間の激戦にのち、道後湯築城主・河野通盛の軍を撃退した「梅の子の合戦」は有名である。

お問い合わせ

文化財課(文化財保護担当)
〒790-0003 愛媛県松山市三番町六丁目6-1 第4別館2階
電話:089-948-6603
E-mail:kybunka@city.matsuyama.ehime.jp

この情報はお役に立ちましたか?

お寄せいただいた評価はサイト運営の参考といたします。
この情報は皆さまのお役に立ちましたか?4点満点で評価してください。

点数:

自由意見


本文ここまで

サブナビゲーションここから

市指定文化財

情報が見つからないときは

お気に入り

編集

サブナビゲーションここまで


このページのトップに戻る

松山市役所

〒790-8571 愛媛県松山市二番町四丁目7番地2
電話:089-948-6688(代表)
[開庁時間] 平日午前8時30分から午後5時まで(土日・祝日・年末年始を除く)
 ※施設・部署によっては異なる場合があります
[コールセンター(午前8時〜午後9時)] 電話:089-946-4894 ファクス:089-947-4894
Copyright © Matsuyama City All rights reserved.