私たちと長らく共存し、共栄してきた生き物が近年急速に姿を消そうとしている、レイチェル・カーソン女史を引き合いに出すまでもなく、このことは人間の生活環境が、かならずしもいい方向に変わってきたのではないという生き物からの警告であると受け止めなければならない。レッドリストの概念も生物多様性保全の思想もその発想の根源はここに存在する。私たちは今、私たちと共に生きているすべての生物種を、子孫にそのまま引き継ぐべき義務を負っている。松山市が今回指定するレッドリスト種は、松山市民がその義務を果たす上での象徴的存在であるということを多くの方々に理解していただきたいと思う。
今回の松山市RDB改訂にあたって、昆虫類は166種がレッドリスト種に指定された。カテゴリー別に示すと絶滅種12種、野生絶滅1種、絶滅危惧Ⅰ類44種、絶滅危惧Ⅱ類42種、準絶滅危惧54種、情報不足13種となる。
前回のRDB掲載種が67種であるから実に2.5倍近い数となった。これはかならずしも「松山市ではこの10年で昆虫の生息環境が特に悪化した」ということではない。前回の選定基準を見直したためである。前回は愛媛県RDBとの兼ね合いもあって、「多くの市民の方が知っている種の中で、近年減少していることがはっきりしている種だけ」を主なターゲットとして選んだからである。したがってたとえばイトトンボの仲間がアオイトトンボ科を含めて1種だけしか選定されていなかったり、絶滅が分かっていても、あるいは世界で松山市にしか生息していない種であっても、その種がポピュラーではないという理由ではずされている。これはこのRDBを利用する市民の方や、行政に携わる人たちにとっても、かならずしも適切な選定基準ではなかったという反省からである。今回指定した166種をもってしても、これで松山市のレッドリスト種に値する昆虫がすべて拾えたわけではないが、希少性、環境指標性、減少率、生息環境、松山市という地域性を考慮して選定することに心がけたため、前回よりは松山市のレッド昆虫の実態がより詳しく現実的に示せたものと思う。
166種の分類群別に見た内訳は次のようになっている(括弧内は前回の選定種数)。トンボ目28(15)種、バッタ目8(10)種、カマキリ目1(0)種、カメムシ目25(5)種、アミメカゲロウ目3(0)種、コウチュウ目66(21)種、ハチ目1(1)種、トビケラ目2(2)種、チョウ目32(14)種で、トンボ目、カメムシ目、コウチュウ目、チョウ目の増加率が著しい。
これらのうち水生昆虫に分類されるべきものが71種で、この中にはコウチュウ目のゲンゴロウ(絶滅)やミズスマシ(絶滅危惧Ⅱ類)、ガムシ(絶滅危惧Ⅰ類)、カメムシ目のタガメ(絶滅)やタイコウチ(準絶滅危惧)、多くのトンボ類などおなじみの種が多く含まれる。これに水辺や、河川敷、河口、海辺に特異的に生息する、いわば水にかかわって生活する種を加えると83種となり、実に全レッドリスト種の半数を占めることになる。水生昆虫は陸生昆虫の10%以下であることから、いかに私たちが水と水域環境に変革を与え続けてきたかが分かる。
陸生昆虫では、やはり里山、里地を主な生息場所としていた種が多い。カヤコオロギ(絶滅危惧Ⅰ類)、オオクワガタ(野生絶滅)、アカアシオオアオカミキリ(絶滅)、ヨツボシカミキリ(絶滅危惧Ⅱ類)、オオキベリアオゴミムシ(準絶滅危惧)、チャマダラセセリ(絶滅危惧Ⅰ類)、ヒョウモンチョウの仲間など60種近くになり、また水生昆虫のレッドリスト種のほとんどすべてが、里山里地の水域に棲むことから、これらを加えると、今回指定されたレッドリスト種の85%は私たちの身近な生活圏内の水域、陸域に生息する昆虫であるということになる。残りの種の大部分は山地性の種が占める。松山市内では希少な環境であるブナ帯とその下部森林に棲む昆虫で、オオキノコムシ(準絶滅危惧)、ヨコヤマヒゲナガカミキリ(準絶滅危惧)、フタスジカタビロハナカミキリ(準絶滅危惧)などが選定された。このような人里離れた森林にも、もちろん絶え間なく人手が入っており、昆虫を含むすべての生き物はそのことに敏感に反応している。
今回のRDB作成と、松山市の昆虫目録の作成および3年にわたるそのための調査にあたって、昆虫分科会委員以外にも次に示したように非常に多くの方々にご尽力、ご協力をいただいた。謹んで御礼申し上げる。
(執筆者:酒井 雅博)
昆虫類分科会 協力員
楠 博幸 南日本自然史博物館
今川 義康 石鎚ふれあいの里
北野 峻伸 愛媛大学連合大学院特定研究員
山迫 淳介 愛媛大学連合大学院特定研究員
一柳 考志 愛媛大学連合大学院院生
武智 礼央 佛教大学教育学部学生
片山 雄史 日本昆虫分類学会会員
松野 茂富 和歌山県立自然博物館
山内 康史 愛媛大学連合大学院院生
渡部 晃平 株式会社エイト日本技術開発
小川 遼 愛媛大学連合大学院院生
新田 涼平 いかり消毒
千田 喜博 愛媛大学大学院農学研究科修士課程院生
原 有助 愛媛大学大学院農学研究科修士課程院生
末長 晴輝 北海道大学大学院修士課程院生
菅谷 和希 愛媛大学大学院農学研究科修士課程院生
福田 侑記 愛媛大学農学部学生
甲斐 達也 愛媛大学大学院農学研究科修士課程院生
村上 広将 愛媛大学大学院農学研究科修士課程院生
安達 修平 愛媛大学農学部学生
惣中光太郎 愛媛大学農学部学生
高橋 士郎 愛蝶会会員
酒井あけみ 日本昆虫学会四国支部会員