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木造阿弥陀如来立像 1躯

更新日:2012年3月1日

「木造阿弥陀如来(あみだにょらい)立像」について

木造阿弥陀如来立像

文化財の区分

愛媛県指定有形文化財(彫刻)

指定(登録)年月日

昭和38年5月31日 指定

所在地及び所有者(管理者)

松山市高田 光徳院

解説

 この阿弥陀如来立像は、光徳院の本尊で、像高157.5cm、檜材の一木造で、重さは75kgである。来迎引接(らいごういんじょう)の姿をとり大指、次指を捻り、右手を上に左手をやや前に伸ばしている。
 切れ長の目、力強く結んだ厚い口元などは神秘的であり、また両肩から胸の両側に流れる衣文は平行線状に流れ落ち、両股の豊かな肉づきを官能的にあらわしている。翻波式彫法を見事にこなした密教的な貞観風の手法で、平安時代も早いころの作と考えられる。
 光徳院は寺谷奥の谷にあり、密護山護持院神護寺と称した。嘉元元年(1303年)、後醍醐天皇勅願所として尊龍が再興し、地方祈祷の総本寺でもあった。聖観音菩薩立像・阿弥陀如来立像は、大永4年(1524年)の神途の戦いのとき、堂宇が全焼し、辛うじて搬出したと伝えられている。天和2年(1682年)、松平松山藩第4代藩主定直が、現在地に再興、その後、恵日山光徳院歓喜寺と改称した。
 阿弥陀如来像は国津比古命神社の本地仏として明治初年まで祭祀(さいし)されていたと伝えられている。

お問い合わせ

文化財課(文化財保護担当)
〒790-0003 愛媛県松山市三番町六丁目6-1 第4別館2階
電話:089-948-6603
E-mail:kybunka@city.matsuyama.ehime.jp

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