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湯築城跡

更新日:2012年7月3日

湯築城跡(ゆづきじょうあと)」について

湯築城跡

文化財の区分

国指定史跡

指定(登録)年月日

平成14年9月20日 指定

所在地及び所有者(管理者)

外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。松山市道後公園(外部サイト) 愛媛県ほか
連絡先:湯築城資料館管理事務所(電話番号089-941-1480)

解説

 湯築城は、風早郡河野郷から出た、伊予の豪族河野氏が道後に築いた城である。源頼朝と結び勢力を伸ばしたが、承久の変(1221年)で没落した河野通信、弘安の役(1281年)の活躍で勢力を回復した河野通有と浮枕を繰り返した河野氏は、通盛の代に伊予国守護に任じられ、全盛期となった。この通盛が、建武年間(1334年〜1338年)に築城した湯築城は、江戸時代の『湯築古城図』によれば、内堀と外堀をもち、丘陵頂部の「本壇」と北方の「杉の壇」、東方の「中壇」の郭や家臣居住空間等を構えた、堂々とした平山城である。築城後も、河野氏は諸国との戦いや内紛をくりかえし、天正13年(1585年)、豊臣秀吉の四国征伐で小早川隆景に降り、城もやがて廃城となった。
 昭和63年(1988年)から12年間の発掘調査で明らかとなった溝や土塀の遺構、輸入陶磁器等の出土品も含めて、全国でも極めて重要な中世守護の城跡遺跡である。

お問い合わせ

文化財課(文化財保護担当)
〒790-0003 愛媛県松山市三番町六丁目6-1 第4別館2階
電話:089-948-6603
E-mail:kybunka@city.matsuyama.ehime.jp

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