夏目漱石と「坊っちゃん」

更新日:2025年2月17日

夏目漱石(なつめそうせき)の松山滞在(まつやまたいざい)

夏目金之助(なつめきんのすけ)、後(のち)の夏目漱石(なつめそうせき)が松山中学(まつやまちゅうがく)の英語教師(えいごきょうし)として松山(まつやま)に来(き)たのは道後温泉本館(どうごおんせんほんかん)が改築(かいちく)された翌年(よくとし)、明治(めいじ)28年(ねん)4月(がつ)9日(にち)。
それから1か月後(げつご)、友人(ゆうじん)にあてた手紙(てがみ)の中(なか)で漱石(そうせき)は

「道後温泉(どうごおんせん)はよほど立派(りっぱ)なる建物(たてもの)にて8銭(せん)出(だ)すと3階(かい)に上(あ)がり、茶(ちゃ)を飲(の)み、菓子(かし)を食(く)い、湯(ゆ)に入(はい)れば頭(あたま)まで石鹸(せっけん)で洗(あら)ってくれるというような始末(しまつ)、随分結構(ずいぶんけっこう)に御座候(ござそうろう)」

と、道後温泉本館(どうごおんせんほんかん)を大変気(たいへんき)に入(い)った様子(ようす)を書(か)き送(おく)っています。
その後(ご)漱石(そうせき)は、病気療養(びょうきりょうよう)のため帰省(きせい)していた正岡子規(まさおかしき)と50日余(にちあま)り同居生活(どうきょせいかつ)し、子規(しき)や高浜虚子(たかはまきょし)と道後温泉(どうごおんせん)に出(で)かけています。
道(みち)すがら交(か)わした文学論(ぶんがくろん)や俳句(はいく)は、英語教師(えいごきょうし)・夏目金之助(なつめきんのすけ)から文豪(ぶんごう)・夏目漱石(なつめそうせき)へ変身(へんしん)するきっかけとなります。
夏目漱石(なつめそうせき)は赴任(ふにん)から1年後(ねんご)の4月(がつ)に熊本第五高等学校(くまもとだいごこうとうがっこう)へ転任(てんにん)、松山(まつやま)での生活(せいかつ)はわずか1年(ねん)に過(す)ぎませんでした。

小説(しょうせつ)「坊(ぼ)っちゃん」

夏目漱石(なつめそうせき)は明治(めいじ)39年(ねん)、子規(しき)の弟子(でし)である高浜虚子(たかはまきょし)のすすめにより、俳誌(はいし)「ほととぎす」に「坊(ぼ)っちゃん」を掲載(けいさい)、後(のち)に文豪(ぶんごう)として不滅(ふめつ)の業績(ぎょうせき)を残(のこ)すまでとなります。
「坊(ぼ)っちゃん」は一大(いちだい)ベストセラーとなり、「坊(ぼ)っちゃん」が毎日入浴(まいにちにゅうよく)し、よく泳(およ)いだ「住田温泉(すみだおんせん)」は道後温泉(どうごおんせん)だといわれており、道後温泉(どうごおんせん)はさらに広(ひろ)く親(した)しまれるようになりました。

坊(ぼ)っちゃん泳(およ)ぐべからず

「坊(ぼ)っちゃん」に次(つぎ)の一節(いっせつ)があります。

「(深(ふか)いから)運動(うんどう)のために、湯(ゆ)の中(なか)を泳(およ)ぐのはなかなか愉快(ゆかい)だ。おれは人(ひと)のいないのを見済(みすま)しては15畳(じょう)の湯壺(ゆつぼ)を泳(およ)ぎ巡(めぐ)って喜(よろこ)んでいた。ところがある日(ひ)3階(かい)から威勢(いせい)よく下(お)りて今日(きょう)も泳(およ)げるかなとざくろ口(ぐち)を覗(のぞ)いてみると、大(おお)きな札(ふだ)へ黒々(くろぐろ)と湯(ゆ)の中(なか)で泳(およ)ぐべからずとかいて貼(は)りつけてある。」

神(かみ)の湯(ゆ)にはこのエピソードから、「坊(ぼ)っちゃん泳(およ)ぐべからず」の貼(は)り札(ふだ)がされています。

赤(あか)いタオル

また「坊(ぼ)っちゃん」に次(つぎ)の一節(いっせつ)があります。

「せっかく来(き)た者(もの)だから毎日(まいにち)はいってやろうという気(き)で、晩飯前(ばんめしまえ)に運動(うんどう)かたがた出(で)かける。ところが行(い)くときは必ず西洋手拭(せいようてぬぐい)の大(おお)きな奴(やつ)をぶら下(さ)げて行(い)く。この手拭(てぬぐい)が湯(ゆ)に染(そま)った上(うえ)へ、赤(あか)い縞(しま)が流(なが)れ出(だ)したのでちょっと見(み)ると紅色(べにいろ)に見(み)える。」

現在(げんざい)、道後温泉本館(どうごおんせんほんかん)の貸(かし)タオルや販売用(はんばいよう)タオルが赤色(あかいろ)なのは、この一節(いっせつ)が由来(ゆらい)となっています。

坊(ぼ)っちゃんの間(ま)

昭和(しょうわ)41年(ねん)(1966年(ねん))、正岡子規(まさおかしき)や柳原極堂(やなぎはらぎょくどう)の生誕(せいたん)100年祭(ねんさい)を催(もよお)した際(さい)に、本館(ほんかん)3階(かい)の一室(いっしつ)を夏目漱石(なつめそうせき)ゆかりの部屋(へや)として「坊(ぼ)っちゃんの間(ま)」と定(さだ)めました。
「坊(ぼ)っちゃんの間(ま)」の命名(めいめい)は、夏目漱石(なつめそうせき)の娘婿(むすめむこ)である文人(ぶんじん)・松岡譲(まつおかゆずる)氏(し)です。
当時(とうじ)、漱石(そうせき)が湯上(ゆあが)りにくつろいだといわれる場所(ばしょ)で、室内(しつない)には漱石(そうせき)の見合(みあ)い写真(しゃしん)や胸像(きょうぞう)などが飾(かざ)られており、入館(にゅうかん)された方(かた)は自由(じゆう)に見学(けんがく)できます。

お問い合わせ

道後温泉事務所

〒790-0842 愛媛県松山市道後湯之町4-30(冠山事務所)

電話:089-907-5554

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