江戸時代の道後温泉

更新日:2018年7月6日

松平定行(まつだいらさだゆき)の温泉経営(おんせんけいえい)

西暦(せいれき)1635年(ねん)に松山藩主(まつやまはんしゅ)となった松平定行(まつだいらさだゆき)は、その翌年(よくねん)、道後温泉(どうごおんせん)の施設充実(しせつじゅうじつ)をてがけ、浴槽(よくそう)を一之湯(いちのゆ)(士族(しぞく)・僧侶用(そうりょよう))、二之湯(にのゆ)(婦人用(ふじんよう))、三之湯(さんのゆ)(庶民男子用(しょみんだんしよう))に分(わ)け、この他に15銭湯(せんとう)、10銭湯(せんとう)、養生湯(ようじょうゆ)、その下流(かりゅう)に牛馬湯(ぎゅうばゆ)を設(もう)けました。


江戸初期の道後温泉の様子

俳人一茶(はいじんいっさ)の来遊(らいゆう)

俳人(はいじん)である小林一茶(こばやしいっさ)は、西暦(せいれき)1795年(ねん)と翌年(よくねん)の2度(ど)伊予路(いよじ)を訪(おとず)れました。
ここでは「寝(ね)ころんで蝶(ちょう)泊(とま)らせる外湯哉(そとゆかな)」の句(く)を残(のこ)しています。
道後(どうご)の外湯(そとゆ)にのどかな旅情(りょじょう)を味(あじ)わった趣(おもむ)きを感(かん)じます。

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道後温泉事務所

〒790-0842 愛媛県松山市道後湯之町4-30(冠山事務所)

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