玉の石伝説

更新日:2018年7月6日

玉(たま)の石(いし)伝説(でんせつ)

昔(むかし)、出雲(いづも)の神様(かみさま)である、大国主命(おおくにぬしのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)が伊予(いよ)の国(くに)を訪(おとず)れたとき、病気(びょうき)になった少彦名命(すくなひこなのみこと)を道後(どうご)の湯(ゆ)に浸(ひた)しました。
すると、少彦名命(すくなひこなのみこと)はたちまち元気(げんき)になり「ましましいねたるかも(しばらく寝(ね)ていたようだ)」と叫(さけ)んで、玉(たま)の石(いし)の上(うえ)で舞(ま)ったといわれています。

玉(たま)の石(いし)

玉(たま)の石(いし)は、道後温泉(どうごおんせん)本館(ほんかん)の北側(きたがわ)(看板(かんばん)がある正面(しょうめん)に向かって左側(ひだりがわ))にあります。
少彦名命(すくなひこなのみこと)の足跡(あしあと)が残(のこ)っていると言(い)われており、ひしゃくでお湯(ゆ)をかけてお祈(いの)りすると、願(ねが)いが叶(かな)うと言(い)われています。

玉(たま)の石(いし)はいつからあった?

「玉(たま)の石(いし)」がいつから道後温泉(どうごおんせん)本館(ほんかん)の北(きた)にあったのかは、はっきりしていません。
ただ、江戸時代(えどじだい)(西暦(せいれき)1638年)に描(えが)かれた「嘉永(かえい)15年温泉絵図(おんせんえず)」にはすでに、本館(ほんかん)のそばに「玉ノ石(たまのいし)」と書(か)かれていることがわかり、少(すく)なくとも約(やく)400年前(ねんまえ)にはこの場所(ばしょ)に玉(たま)の石(いし)があったことが分(わ)かります。

(出典 「道後温泉本館の歴史」 平成6年3月 松山市)

道後温泉(どうごおんせん)別館(べっかん) 飛鳥(あすか)乃(の)湯泉(ゆ)の個室(こしつ)「玉之石(たまのいし)の間(ま)」

玉の石の間の画像です
玉の石の間

道後温泉(どうごおんせん)別館(べっかん) 飛鳥(あすか)乃(の)湯泉(ゆ)の個室(こしつ)「玉之石(たまのいし)の間(ま)」では、八幡浜市(やわたはまし)の伝統工芸士(でんとうこうげいし)さんが古来(こらい)から伝(つた)わる染色技法(せんしょくぎほう)である「筒描染(つつがきぞめ)」を用(もち)いて、玉(たま)の石(いし)伝説(でんせつ)を10メートルほどの1枚(まい)の染(そ)め物(もの)で表現(ひょうげん)しています。
手書(てが)き染(そ)め物(もの)ならではの大胆(だいたん)で繊細(せんさい)な表現(ひょうげん)を見(み)ることができます。

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