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万葉集と道後温泉

更新日:2018年7月6日

万葉集(まんようしゅう)道後温泉(どうごおんせん)

万葉集(まんようしゅう)は、日本(にほん)(もっと)(ふる)歌集(かしゅう)和歌(わか)(あつ)められた(ほん))で、8世紀(せいき)ころに(つく)られたといわれています。万葉集(まんようしゅう)には天皇(てんのう)貴族(きぞく)をはじめ、様々(さまざま)身分(みぶん)(ひと)()んだ(うた)が4500(しゅ)以上(いじょう)(あつ)められていますが、この万葉集(まんようしゅう)にある愛媛県(えひめけん)関係(かんけい)(うた)は、すべて道後温泉(どうごおんせん)にかかわる(うた)です。

額田王(ぬかたのおおきみ)和歌(わか)

船の絵です
額田王の和歌をイメージした絵です

(いま)から(やく)1350年前(ねんまえ)西暦(せいれき)661(ねん)斉明天皇(さいめいてんのう)(いくさ)のため九州(きゅうしゅう)()かう(さい)潮待(しおま)ちのために道後(どうご)に2か(げつ)(あま)りとどまりました。このとき、有名(ゆうめい)な「熟田津(にぎたつ)(うた)」が()まれました。

熟田津(にぎたつ)船乗(ふなの)りせ()月待(つきま)てば(しお)もかな()(いま)()()でな

作者(さくしゃ)はお(とも)をしていた額田王(ぬかたのおおきみ)ともいわれ、(いくさ)()かうための出港(しゅっこう)(さい)し、兵士(へいし)をはげまし、必勝(ひっしょう)祈願(きがん)する格調高(かくちょうたか)(うた)で、万葉集初期(まんようしゅうしょき)代表作(だいひょうさく)となっています。

口語訳(こうごやく)

熟田津(にぎたつ)船出(ふなで)をしようと(つき)()()っていると、(つき)ものぼってきたし、(しお)()ちぐあいも船出(ふなで)をするのにちょうど()くなった。さあ、(いま)()ぎでよう。

山部赤人(やまべのあかひと)長歌(ちょうか)および反歌(はんか)

山部赤人(やまべのあかひと)は、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)(なら)(しょう)される有名(ゆうめい)万葉歌人(まんようかじん)で、聖武天皇(しょうむてんのう)にお(とも)して、富士山(ふじさん)など名勝(めいしょう)()(めぐ)り、(うた)()んでいます。
有名(ゆうめい)和歌(わか)に「田子(たご)(うら)ゆうち()でてみれば真白(ましろ)にそ富士(ふじ)高嶺(たかね)(ゆき)()りける」などがあります。

道後(どうご)(いま)から(やく)1300年前(ねんまえ)西暦(せいれき)713(ねん)赤人(あかひと)が訪れた、(もっと)西(にし)()です。
赤人(あかひと)は、聖徳太子(しょうとくたいし)碑文(ひぶん)歴代天皇(れきだいてんのう)行幸(ぎょうこう)訪問(ほうもん)のこと)を(なつ)かしみ、(うた)()んでいます。

山部赤人の長歌
湯釜に刻まれている山部赤人の長歌です

口語訳(こうごやく)

山部赤人(やまべのあかひと) 伊予(いよ)温泉()()(つく)った(うた)一首(いっしゅ) (なら)びに短歌(たんか)

歴代(れきだい)天皇(てんのう)がお(おさ)めになってきた 日本(にほん)(くに)のあちこちに温泉(おんせん)はたくさんあるけれども、その(なか)でも伊予(いよ)温泉(おんせん)は、瀬戸内(せとうち)島々(しまじま)のうるわしいところにあるというので、(むかし)聖徳太子(しょうとくたいし)()られ、けわしい伊予(いよ)高嶺続(たかねつづ)きの伊佐庭(いさにわ)(おか)現在(げんざい)道後公園(どうごこうえん))にお()ちになって、(うた)をお(つく)りになり、碑文(ひぶん)文章(ぶんしょう)をお(かんが)えになったことがある。
その温泉付近(おんせんふきん)(もり)木立(こだ)ちを()ると、かつて舒明天皇(じょめいてんのう)行幸(ぎょうこう)された(とき)(はなし)(つた)えられるモミの()は、()()いで今も(しげ)っている。
また(いかるが)此米鳥(しめ)()いていて、(むかし)()わらない景色(けしき)である。
このように、たびたび皇族(こうぞく)()られたこの温泉(おんせん)は、このまま(とお)(のち)()までも神々(こうごう)しい土地(とち)がらとして(さか)えるであろう。

反 歌(はんか)

(みやこ)から()公家(くげ)たちが、かつてこの飽田津(にぎたつ)(ふね)()ったというが、それはもう幾年前(いくねんまえ)のことであろう。(むかし)のいろいろなことがなつかしくしのばれる。

道後温泉(どうごおんせん)別館(べっかん) 飛鳥(あすか)()湯泉()大浴場(だいよくじょう)

道後温泉(どうごおんせん)別館(べっかん) 飛鳥(あすか)()湯泉()大浴場(だいよくじょう)には、砥部町(とべちょう)中心(ちゅうしん)(つく)られている磁器(じき)砥部焼(とべやき)」による陶板壁画(とうばんへきが)で、道後温泉(どうごおんせん)にまつわる和歌(わか)風景(ふうけい)(つく)()げています。

女性浴室(じょせいよくしつ)額田王(ぬかたのおおきみ)

飛鳥乃湯泉の女性浴室の写真です
飛鳥乃湯泉 女性浴室

女性浴室(じょせいよくしつ)は、額田王(ぬかたのおおきみ)(うた)にある、熟田津(にぎたつ)(うみ)瀬戸内(せとうち))をイメージし、正面(しょうめん)には額田王(ぬかたのおおきみ)()たであろう瀬戸内(せとうち)(うみ)表現(ひょうげん)しています。
背面(はいめん)()小舟(こぶね)()り、(おお)きな(ふね)()()えてこれから大海原(おおうなばら)旅立(たびた)人々(ひとびと)を、側面(そくめん)()海岸(かいがん)にいるハマシギなど(はま)情景(じょうけい)(あらわ)しています。

男性浴室(だんせいよくしつ)山部赤人(やまべのあかひと)

飛鳥乃湯泉の男性浴室の写真です
飛鳥乃湯泉 男性浴室

男性浴室(だんせいよくしつ)は、山部赤人(やまべのあかひと)(うた)にある、伊予(いよ)高嶺(たかね)霊峰石鎚山(れいほういしづちさん)をイメージし、正面(しょうめん)には石鎚山(いしづちさん)とそれに(つづ)山々(やまやま)表現(ひょうげん)しています。
背面(はいめん)()山部赤人(やまべのあかひと)がいた伊佐庭(いさにわ)(おか)動物(どうぶつ)たちを、側面(そくめん)()()れなして()ぶオシドリなど(やま)様子(ようす)(あらわ)しています。

プロジェクションマッピング

女子浴室のプロジェクションマッピングの写真
女子浴室のプロジェクションマッピング

男子浴室のプロジェクションマッピングの写真
男子浴室のプロジェクションマッピング

さらに、陶板壁画(とうばんへきが)にプロジェクションマッピングを投影(とうえい)し、季節(きせつ)(うつ)()わりや時間(じかん)(なが)れなどを(かん)じることができます。
プロジェクションマッピングは、(あさ)(ひる)(よる)の3バージョンあり、30(ふん)おきに放映(ほうえい)されます。

道後温泉(どうごおんせん)別館(べっかん) 飛鳥(あすか)()湯泉()個室(こしつ)行宮(かりみや)()

行宮の間の写真です
行宮の間

道後温泉(どうごおんせん)別館(べっかん) 飛鳥(あすか)()湯泉()個室(こしつ)行宮(かりみや)()」では、今治市(いまばりし)伝統工芸(でんとうこうげい)である「伊予桜井漆器(いよさくらいしっき)」を(もち)い、飛鳥時代(あすかじだい)から平安時代(へいあんじだい)にかけて(おお)くの天皇(てんのう)道後温泉(どうごおんせん)行幸(ぎょうこう)されたことをテーマに、その当時(とうじ)()られたであろう道後温泉(どうごおんせん)情景(じょうけい)を、迫力(はくりょく)ある(おお)きなサイズの蒔絵(まきえ)表現(ひょうげん)しています。

お問い合わせ

道後温泉事務所
〒790-0842 愛媛県松山市道後湯之町5-6(道後温泉本館)
電話:089-921-5141
E-mail:dogojimu@city.matsuyama.ehime.jp

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