日本列島の淡水域からは、これまで約310種の魚が記録されている。これは、海産魚を含む日本産魚類全種の一割程度にあたる。淡水魚は、その生活形態から一生を塩分と関わりのない河川や湖沼内で過ごす純淡水魚(コイやナマズなど)、一生のうちに淡水域と海を往復する通し回遊魚(ニホンウナギ、アユなど)、偶来的、あるいはしばしば河川に侵入してくる沿岸性魚種および、塩分の影響を受ける感潮域に生息する魚種を中心とした周縁性淡水魚(ボラ、スズキ、クロダイ、クサフグなど)に区分される。
愛媛県の河川からは、現在までに約190種の淡水魚が記録されており、松山平野を流れる重信川(幹川流路延長 36㎞、流域面積 445㎢)からは、その約47%にあたる92種が確認されている。その内訳は、純淡水魚29種、回遊魚15種、周縁性淡水魚が49種である(回遊魚サツキマスとその陸封型個体群アマゴを区別して計数)。分類群別に見るとハゼ科魚類が23種と最も多く、次いでコイ科(14種)、ドジョウ科(4種)となる。また、一般に淡水魚として認識される、純淡水魚と通し回遊魚の合計43種のうち、12種は県外、国外からの移入種である。これらを除く31種の、約52%にあたる16魚種(周縁性淡水魚を加えると22魚種)がさまざまな程度で絶滅に瀕しているか情報が不足しており、早急な調査が必要であることが判明した。
松山市は、51万の人口を抱える県庁所在地であるため、都市化による道路整備、宅地造成が進むとともに、河川改修による河床の平坦化、流路の直線化、池沼・湧水池の埋め立てや水田の消失などにより、水辺空間の規模と多様性は年々減少している。また、住宅密集地を流れる小野川や宮前川をはじめとして、生活排水による河川の汚濁も進行しており、魚類の生息状況は深刻化している。石手川は、上流に松山市の上水道をまかなう石手川ダムがあり、これより下流では河川の水位変動が激しく表流水がしばしば途切れることもあって、安定した魚類群集が形成されにくい。重信川本流も、多くの砂防堰堤の存在と広範囲に渡る伏流区間によって、魚類の移動は妨げられており、個体群は分断されて通し回遊魚の生活史も完結が困難となっている。
松山市南部を中心とした水田地帯では、圃場整備に伴って水路がコンクリ-ト化し、直線化したことで、流速が増して環境が単純化している。また、落差工や取水ポンプ、給排水管の設置により、河川と水路、水田の間で魚類の自由な移動が困難となっている。さらに、乾田化が進み、水田自体が魚類の繁殖に不適当な場所となっている。このように、かつて二次的自然として豊富な生物相を支えてきた水田地帯では、メダカやドジョウ、ナマズなどこうした環境に依存してきた生物が減少している。
松山平野には、重信川と繋がる湧水池が各所に存在し、水温の安定した流れの緩やかな場所を数多くの魚に提供している。重信川で記録された純淡水魚の約80%は、湧水池で見ることができる。また、本流の減水期には、魚類の避難場所としても利用されている。しかし、近年では、生物に配慮しない親水整備により、多くの湧水池で流域林の減少、河床の平坦化、日射量増加に伴う水温上昇と藻類の異常繁茂などが起こっており、地下水位の低下によって自噴量も減少傾向にある。このように、一見自然が残されているように受け止められがちな場所での生態系の改変が進行している。
市町村合併により新たに松山市に編入された中島町島嶼部では、河川はごく小規模で、多くは両面ないし三方護岸と直線化がなされており、また、畑地への散水のために各所で取水されて流量が少ない。調査した河川のすべてで純淡水魚、通し回遊魚が確認されず、周縁性淡水魚が下流に見られるのみであった。野池や塩性湿地のいくつかではモツゴとメダカがみられたが、モツゴについては釣り餌として導入された可能性もあり、島嶼部在来かどうかは不明である。
北条地区の河川は砂礫質で、下流域では砂礫の堆積により表流水が途切れている場所が見られる。河口部の環境は単調で、周縁性淡水魚の種類が極めて少ない。
釣りブ-ムにのっとって石手川ダムに移入されたオオクチバスは、その後の密放流によって今や松山市全域の野池および河川の緩流部などに拡散・定着しており、在来魚種に深刻な影響を与えている。外来魚はオオクチバスにとどまらず、東南アジア産ナマズ類等の遺棄された観賞魚が確認された他、釣り餌、食用に輸入されたドジョウの中国産個体の遺伝子が自然個体群に浸潤し、遺伝的な撹乱を引き起こしていることが明らかになるなど、松山市在来の淡水魚にとって深刻な要件が増加している。また、ペットブームに伴う在来淡水魚の乱獲、誤った自然保護思想からの国内他地域産淡水魚の放流なども一部の河川では顕著に行われているが、それらを規制できる実効的な対策や法整備は全くなされていない。
このように、松山市をとりまく水域の自然環境は悪化の一途を辿っており、そこに生活する淡水魚の生息状況は厳しさを増している。県下で最も人口が密集する地域だけに、今後も短期間で流域の環境が魚類にとって好転することは困難と思われるが、流域開発における工法の見直し、水質の浄化、流域林の保全などについては徐々にその施策が進んできており、今後一層の進展が望まれる。流域環境の保全はまた、慢性的な水不足に悩む松山市における水源の確保という意味からも重要であり、水環境と共存した都市づくりが今後の大きな課題となるであろう。
(執筆者:清水 孝昭)