平成23年10月1日 「瀬戸内・松山]構想シンポジウムにおける市長挨拶

更新日:2012年3月1日

 本日は、「瀬戸内・松山」構想シンポジウムの開催にあたり、このようにたくさんの皆様にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。このシンポジウムの開催にあたりまして、国土交通省、広島県、愛媛県、そして、交流人口・産業拡大会議のご後援、また、交通事業者や旅行会社の皆様方にも、心からお礼を申し上げます。おかげをもちまして、まちに一段と賑わいが創出されまして、平成22年の観光客推定数も、他の地域が苦戦を強いられる中で、本市では、前年を率にして12パーセント、数にして63万人上回ります588万人に伸ばすことができました。

 本日は、この後のパネルディスカッションのための基調提案を兼ねたあいさつということで、およそ10分間の時間を頂戴いたしますことをお許しください。

 さて、松山市では誘客テーマをまちづくりのテーマとも連動させまして、「明治体感!『坂の上の雲』のまち松山を訪ねて・・・」としたうえで、ロープウェー街や駅舎の整備、坂の上の雲ミュージアムの建設、道後温泉本館周辺の整備などハード事業に取り組むとともに、ソフト面においては、『坂の上の雲』の主人公たちの足跡やその時代背景である明治という時代に視点をあてまして、地域の資源を磨き上げながら、松山の魅力を高め、行政自らが旅行商品の開発にもチャレンジしてまいりました。その一方で、お客様ニーズからいたしますと、松山という特定の地域一点では、誘客を図るうえで限界があることを思い知らされました。

 そのような中で、広島と愛媛・松山を周遊する商品ができないだろうか。二つめに、瀬戸内海にスポットをあてた商品ができないだろうか。三つめに、それらを実現させるためにはどうしたらよいだろうか。こういったことなどをイメージし、本日、お手元の資料にお示しのとおり、「瀬戸内・松山」構想にたどりついたわけです。

 『坂の上の雲』の主人公の一人、正岡子規は、広島へ幾度か訪れ、多くの名句を残しています。また、秋山真之は、江田島の海軍兵学校で学び、後にバルチック艦隊を撃破したという偉大な功績を挙げました。彼の戦法は、伊予の水軍戦法を研究したものでありました。その兄の好古は、日本陸軍の騎兵隊を育て「騎兵の父」と呼ばれた後に、教育者としての夢も実現させた人物でありました。激動の時代を強く生き抜いた人々に思いを巡らせる。このストーリーがこの広島地域と愛媛・松山には今も息づいております。

 一方、修学旅行の誘致を重点施策に掲げ、取り組んでまいりました松山市では、『坂の上の雲』の時代背景である明治や、瀬戸内海に浮かぶ島しょ部の自然や産業、さらには、ニーズの高い道後温泉などの地域資源を、教育的視点から磨き上げ、他の地域では経験することのできない、魅力ある多彩な体験交流メニューを構築してまいりました。

 対岸の広島地域には、平和学習や世界遺産をテーマに、30万人を超える修学旅行生が訪れていることにも着眼をいたしました。それらのメニューとのバランスを図ったうえで、出発地域ごとにモデルコースを提案しました。受け入れは、行政と地元関係者が一体となって一校一校、丁寧に対応してまいりました。以前はほとんど修学旅行生を見なかったこの松山ですけれども、今では50校を超える学校にお越しいただけるようになりました。そして、大手旅行業界紙においては、「今、最も注目される修学旅行先」として、高い評価をいただくまでになりました。問題は、宮島や広島からの移動手段でありましたが、チャーター船によりまして、瀬戸内海をクルージングしながら移動する動線を確立したことが幸いし、市場を動かせたのかもしれません。このように、物語性のあるまちづくりと修学旅行の取り組みを通して、瀬戸内海対岸の広島との連携の重要性を認識いたしましたし、これは必ずや一般旅行にアレンジできるという確信を持ちました。

 明治維新直後に瀬戸内海を訪れたシルクロードの命名者でもあるドイツの地理学者リヒトホーフェンという方がこんなことばを残しています。「将来この地方は世界で最も魅力ある場所の一つとして高い評価を勝ち得、たくさんの人を引き寄せるであろう」と、その風光明媚な風景を自身の旅行記で絶賛をいたしました。時あたかも、『坂の上の雲』の主人公たちが松山で「志」と「夢」を育んでいた頃であります。時代を切り開く「志」と「覚悟」を胸に、この故郷松山から旅立っていった場所が、この瀬戸内海であるというのも非常におもしろい縁であります。こうして、『坂の上の雲』から「瀬戸内海」へとストーリーを展開するにあたりまして、この「瀬戸内海」をテーマとした、広島地域と愛媛・松山を周遊する観光ルートを作りたいという夢が膨らみました。

 しかし一方で、現実に目を向けますと、「瀬戸内」をテーマとし、中国・四国地域を周遊する定番の一般旅行商品はありませんでした。この地域の旅行商品は中国地域、四国地域それぞれの単位で企画造成され提案されています。もったいないなあと思っていました。海外では「エーゲ海の島々」とか、「地中海と〇〇の旅」とか、「海」をプラットホームにした旅行商品が人気を集めています。ぜひ、日本でも「瀬戸内海」をプラットホームにした、「瀬戸内海と〇〇の旅」であるとか、また、例えば「瀬戸内海と名湯道後温泉の旅」ですとか、「瀬戸内海と水軍ロマンの旅」などといった旅行商品を実現させたいと考えるようになってまいりました。

 今年の12月には、3年間にわたって放送されるスペシャルドラマ「坂の上の雲」も、いよいよ最終章を迎えます。ドラマは、日本海海戦へと進展してまいりますが、バルチック艦隊を撃破するという偉大な功績を挙げた真之の戦法は、伊予の水軍戦法を研究したものでございました。私たちのまちにも、河野氏、忽那氏などの水軍文化が継承されております。そして、その直後の2012年1月からは、大河ドラマ「平清盛」の放送が決定されており、ますます「瀬戸内海」に大きな注目が集まります。NHKとしても大河ドラマ50周年という記念すべき年にあたります。既に超豪華な俳優陣が発表されておりますが、中でも主役は、現在大ブレイク中の「松山ケンイチ」さんであります。なぜ、このタイミングで、「松山」の姓の俳優さんが抜擢されたか。赤い糸を正直感じております。

 瀬戸内海は、厳島神社を造営・崇拝し、呉の音戸の瀬戸の開削によって、本格的な瀬戸内海航路整備を行った「平清盛」が活躍した舞台です。また、河野氏、村上氏、忽那氏など伊予の水軍が功績を残した海域としても大きな注目が集まってきます。スペシャルドラマ「坂の上の雲」の余韻や、愛媛・松山に栄える水軍文化等を勘案いたしますと、特に、広島地域と愛媛・松山を結ぶ海域は、その中核をなすものと考えておりまして、このコースを軸とした本市の修学旅行の誘致や松山旅行の商品化への取り組みにより市場を動かしたとおり、両地域の資源のバランスや航路を活用した移動手段等への評価が高まっていることからも、この絶好の機会に「瀬戸内」をテーマとした周遊滞在型の商品を市場に流通させたいと考えております。

 このようにして、瀬戸内海の魅力を最大限に引き出し、物語を演出しながら、広島地域の資源と、愛媛・松山の資源を組み合わせ、磨き上げ、西日本に新しいスタイルの旅行を創造し、提案していくものとして、「瀬戸内・松山」構想を掲げました。これは、具体的に申し上げますと、広島と松山を結ぶ航路の活性化や、中・四国周遊型の旅行商品の企画造成と、旅行マーケットへの定着を目指すものです。

 その第一弾として、宮島から松山までの定期航路をパッケージ化したうえで、呉への途中下船を可能にし、これまでにない特別価格で市場に提供するといった、「瀬戸内はいくるーず」という新しい商品が本市の提案で誕生いたしました。私自身、この構想と新商品を携え、東京、名古屋、大阪に出向き、トップセールスを実施するとともに、大阪で開催された旅行商品説明会では、関係者およそ170名の前で、プレゼンテーションを行いまして、大きな反響と商品化へ向けた手応えを実感いたしました。そして、8月末には、日本旅行様のご配慮によりまして、JR大阪駅構内において、単独の店頭キャンペーンを大々的に実施させていただきました。そのときは、あいにくの台風に見舞われまして私は出席することができませんでしたが、11月の中旬に、再度開催されます。再度大阪に出向きましてこの商品をPRしてまいりたいと考えております。このように、関西マーケットを中心に、旅行商品が流通し始め、関東、中部、九州を出発地とした旅行商品も次々に造成へ向けた準備は進められる一方、2,000人を超える規模の団体客の送客や、数か月にわたる規模の送客キャンペーンの実施のご検討もスタートしたと伺っておりますので、今後、必ずや交流人口の拡大に繋がっていくものと確信しております。

 また、7月には、広島県の湯崎知事に直接お会いし、本市の構想をお伝えいたしましたところ、知事から広島県の掲げる「瀬戸内・海の道構想」とも期を一にするものとして評価をいただくなど、県境を越えた、さらなる連携事業が展開できるものと考えております。

 終わりになりますが、12月にクライマックスを迎えますスペシャルドラマ「坂の上の雲」。この「激闘完結編」は、最も壮大なスケールで描かれ、第1部、第2部の再放送と併せて、日本中を、深く大きな感動の渦に巻き込むことでありましょう。瀬戸内海は、広島と愛媛・松山を隔てる海ではありません。繋ぐ海です。本市が提案します宮島・広島・呉・松山を結ぶ海の道。この場をお借りして、この海の道に名前をつけさせていただきたいと思います。その名前とは、「瀬戸内海道(せとうちかいどう)1号線」。いかがでしょうか。本州と四国に架かる三つの橋に、もう一つ、海の道を加え、そして、こうした取り組みが、瀬戸内海道2号線、3号線への取り組みへと波及させていきたいという願いと誓いを込めたものでございます。皆様、ご賛同いただけますでしょうか。

 2014年3月、瀬戸内海が日本初の国立公園に指定されて80周年を迎えます。まずは、ここに目標を置きまして、本市が舵取り役になりまして、瀬戸内海の魅力を高めてまいります。東日本で発生した国難を乗り越えるためにも、西日本が、松山が頑張らなければならないと思っております。どうか、ご一緒に、日本を元気に、そして、一人でも多くの方を「笑顔」にしていくことを強くお願い申し上げ、ごあいさつとさせていただきます。

 ご清聴、誠にありがとうございました。

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