道後温泉本館の外観

更新日:2025年6月30日

道後温泉本館(どうごおんせんほんかん)の正面(しょうめん)

ここが入口(いりぐち)。「道後温泉(どうごおんせん)」の看板(かんばん)がお出迎(でむか)え。
本館(ほんかん)を正面(しょうめん)から見ると、左(ひだり)に三層(そう)の神(かみ)の湯(ゆ)、右(みぎ)手に二層の南棟(みなみとう)が見(み)えます。

振鷺閣(しんろかく)の白鷺(しらさぎ)も見えるよ。

道後温泉本館の正面のイラストです

 道後温泉本館の正面の写真です

「道後温泉(どうごおんせん)」の看板(かんばん)が登場(とうじょう)したのは、意外(いがい)に新(あたら)しく昭和(しょうわ)25年(ねん)で、映画(えいが)のロケで道後温泉(どうごおんせん)だと分(わ)かるものが必要(ひつよう)となり、急(いそ)いで作(つく)られたのがはじまりです。
作者(さくしゃ)は村田英鳳(むらたえいほう)氏で、現在(げんざい)のものは昭和(しょうわ)61年(ねん)に作(つく)られた二代目(にだいめ)です。

道後温泉本館(どうごおんせんほんかん)の正面右手(しょうめんみぎて)

二階(にかい)の「すだれ」の向(む)こうは霊(たま)の湯(ゆ)の休憩室(きゅうけいしつ)です。
夏場(なつば)(6~9月(がつ))には、「すだれ」がかかる本館(ほんかん)の休憩室(きゅうけいしつ)。

南棟(みなみとう)の二階(にかい)は、「霊(たま)の湯(ゆ)」の休憩室(きゅうけいしつ)です。
三階(さんがい)には、貸切室(かしきりしつ)「しらさぎの間(ま)」があります。

道後温泉本館の正面右手のイラストです

道後温泉本館の正面右手の写真です

道後温泉本館(どうごおんせんほんかん)の後(うし)ろ側(がわ)

こちら側(がわ)から見(み)えるのは、又新殿(ゆうしんでん)と霊(たま)の湯(ゆ)です。

三階(さんがい)には貸切室(かしきりしつ)「飛翔(ひしょう)の間(ま)」があります。

三層(さんそう)の屋(やね)根がある部分(ぶぶん)は、皇室専用(こうしつせんよう)の浴室(よくしつ)「又新殿(ゆうしんでん)」の入口(いりぐち)です。

 道後温泉本館の後ろ側のイラストです

 道後温泉本館の後ろ側の写真です

  • 「又新殿(ゆうしんでん)の玄関(げんかん)」
  • 皇室(こうしつ)の方々(かたがた)は、この御成門(おなりもん)から中(なか)へ入(はい)りました。
  • 龍(りゅう)や鳳凰(ほうおう)など立派(りっぱ)な屋根瓦(やねがわら)にも注目(ちゅうもく)!

桧皮葺の屋根の写真です
桧皮葺の屋根

  • 「桧皮葺(ひわだぶき)の屋根(やね)」
  • 本館(ほんかん)の屋根(やね)の銅板(どうばん)の部分(ぶぶん)は、「桧皮葺(ひわだぶき)」だったところです。
  • 又新殿(ゆうしんでん)にはその一部(いちぶ)が残(のこ)っています

本館東側広場(ほんかんひがしがわひろば)

  • 本館東側(ほんかんひがしがわ)に休憩所(きゅうけいじょ)・トイレ・駐輪場等(ちゅうりんじょうなど)が設置(せっち)されています。

道後温泉本館(どうごおんせんほんかん)の正面左手(しょうめんひだりて)

明治時代(めいじじだい)は、こちらが正面玄関(しょうめんげんかん)でした。

北側(きたがわ)一階(いっかい)にある三(みっ)つの入口(いりぐち)は当時(とうじ)のなごり。

向(む)かって左(ひだり)から「一(いち)の湯(ゆ)」、「二(に)の湯(ゆ)」、「三(さん)の湯(ゆ)」と呼(よ)ばれる浴室(よくしつ)に続(つづ)いていました。

振鷺閣(しろかく)の上(うえ)で羽(はね)を広(ひろ)げる白鷺(しらさぎ)も、北(きた)を向(む)いています。

 道後温泉本館の正面左手のイラストです

 道後温泉本館の正面左手の写真です

振鷺閣(しんろかく)

  • 神(かみ)の湯(ゆ)の塔屋(とうや)にあたる部(ぶぶん)分が、振鷺閣(しんろかく)。明治(めいじ)27年(ねん)(1894年(ねん))に振鷺閣(しんろかく)が建(た)てられた際(さい)、その障子窓(しょうじまど)には和紙(わし)ではなく、当時(とうじ)まだ珍(めずら)しかった赤(あか)いギヤマンを取(と)り入れ、また神(かみ)の湯(ゆ)の客室(きゃくしつ)の窓(まど)や各浴室(かくよくしつ)の引(ひ)き戸(ど)にも、色違(いろちが)いのギヤマンがはめ込(こ)まれていました。
    ギヤマンが見(み)られるのは、今(いま)では振鷺閣(しんろかく)だけですが、100年(ねん)以上(いじょう)もの間(あいだ)、変(か)わることなく道後(どうご)の街(まち)を照(て)らし続(つづ)けています。
  • 振鷺閣(しんろかく)の中(なか)には太鼓(たいこ)がつり下(さ)げられていて、1日(にち)に3回(かい)打(う)ち鳴(な)らされ、「刻太鼓(ときだいこ)」と呼(よ)ばれています。
    この刻太鼓は本館(ほんかん)ができた明治27年(ねん)当初(とうしょ)から続いていて、平成(へいせい)8年(ねん)7月(がつ)1日(にち)に、当時(とうじ)の環境庁(かんきょうちょう)の「残(のこ)したい日本(にほん)の音風景(おとふうけい)100選(せん)」に選(えら)ばれています。
    太鼓(たいこ)の音(おと)を聞(き)いてみたい人(ひと)は、朝(あさ)6時(じ)、正午(しょうご)、夕方(ゆうがた)6時(じ)に来(き)てみてください。

玉(たま)の石(いし)

  • 道後温泉(どうごおんせん)には、大国主命(おおくにぬしのみこと)が病気(びょうき)の少彦名命(すくなひこなのみこと)を湯(ゆ)につけたところ、あっという間(ま)に回復(かいふく)したという玉の石(たまのいし)にまつわる伝説(でんせつ)があります。
  • この石(いし)の上(うえ)で、元気(げんき)になった少彦名命(すくなひこなのみこと)が踊(おど)ったそうで、上(うえ)にあるくぼみは、その時(とき)の足跡(あしあと)だといわれています。

お問い合わせ

道後温泉事務所

〒790-0842 愛媛県松山市道後湯之町4-30(冠山事務所)

電話:089-907-5554

E-mail:dogojimu@city.matsuyama.ehime.jp

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