施設・公園(Art Labo Kasuri歴史館)
更新日:2022年12月22日
Art Labo Kasuri歴史館
Art Labo Kasuri歴史館
伊予かすりは、今から二百年前,温泉郡今出の人「鍵谷カナ」が独力で苦心のすえ伊予かすりの、元祖たる今出かすりを製織したことに始まります。
当時の伊予かすりは農家の婦女、子が余暇を利用して自ら紡ぎ、自ら織ったもので、製織に用いた機械も地機(大和機)という極めて能率の悪いものでした。
その頃、菊屋新助によって綿高機が考案され、又、足踏機など能率の良い機が考案されるようになり、明治37年には全国生産一位となり、当時全国では子供から大人までこぞって緋の着物を愛用したものです。