子規記念博物館
更新日:2024年4月8日
大規模改修工事について
子規記念博物館では、令和6年11月29日(金曜日)まで、通常どおり開館しながら改修工事を行っています。
改修工事中の主な変更点
●令和6年3月16日(土曜日)から、駐車場の収容台数は11台(当初の収容台数の約半分)です。なお、電気自動車用急速充電器は、ご利用いただけます。
●令和6年5月31日(金曜日)まで、冷暖房が使用できません。
●令和6年6月頃まで、子規記念博物館の外回りに足場を設けます。
●会議室の利用に制限を設ける場合があります。
常設展示室内の工事
現在、常設展示室内の工事を行っています。(工事箇所は、仮設の壁に囲まれるため観覧できません。)
【工事箇所】
○2階 幕末の動乱をたどる、子規の上京、明治初期の松山市街図(子規の生い立ちの家)、子規のペンネーム (パネル展示の工事です。工事中は、仮設の壁に代替の解説パネルを掲示しています。) 【工事期間:令和6年4月7日~令和6年6月20日】 (新規追加)
○2階 伊予の文学を訪ねて(近隣の文学遺跡などを紹介するコーナー) 【工事期間:令和6年4月1日(月曜日)~令和6年6月下旬】
○3階 愚陀佛庵(復元) 【工事期間:令和6年3月15日(金曜日)~令和6年4月下旬まで】
※仮設壁に、愚陀佛庵の解説パネルを掲示するほか、愚陀佛庵の内部を撮影した動画を投影しています。
「子規記念博物館デジタルアーカイブ」を開設しています
資料を永続的に保存し後世に伝えること、また、資料の活用拡大を両立させることを目的に、正岡子規の貴重な資料をインターネット上で公開する「子規記念博物館デジタルアーカイブ」を開設しています。
「おうちで子規博」で動画やクイズなどを楽しめます
正岡子規や俳句などに興味を持っていただくため、「おうちで子規博」のコーナーを開設しています。動画やクイズをお楽しみください。
松山市立子規記念博物館について
松山市立子規記念博物館は、正岡子規の世界をとおして、より多くの人びとが松山の歴史や文学に親しみ、理解をふかめていただくために開設された文学系の博物館です。市民の知的レクリエーションや学校の課外学習の場、研究者のための情報機関、また観光客のビジターセンターとして親しまれています。
博物館では現在およそ7万点の実物資料や書籍を収蔵しており、正岡子規の一生を紹介する常設展示のほか、年2~3回の特別展・特別企画展、また各種のイベントを開催しています。
正岡子規について
正岡子規は、慶応3年(1867年)9月17日(新暦:10月14日)、伊予国温泉郡藤原新町(現松山市花園町)で生まれました。翌年が明治元年ですから、子規の年齢は明治の年号と同じになります。本名を
自由民権運動に触発され、政治家をめざして明治16年に上京、第一高等中学校、帝国大学文科大学に進学します。しかし、22歳のときに喀血して「子規」と号したころから真剣に文学を志し、大学を中退して入社した日本新聞社で、俳句や短歌の革新を叫び、新体詩を試み、写生文をとなえました。明治28年からは脊椎カリエスの病苦にあえぎながらも、死の2日前まで随筆「病牀六尺」を発表しつづけて、明治35年(1902年)9月19日に亡くなりました。
「写生」に根ざした子規の文学は、多くの仲間とともに子規山脈を形成し、近代文学史上に輝いています。
子規記念博物館のご案内
開館時間、休館日、アクセスなどをご案内します。
見取り図と展示内容をご案内します。
子規記念博物館で開催される展示会等をご案内します。
常設展示室をご案内をいたします。
企業研修や講演会の場として、道後温泉本館に近い当館会議室をぜひご利用ください。
松山市立子規記念博物館が所蔵する博物館資料の資料写真の貸出し(館外貸出)、写真撮影、熟覧を希望する場合の手続きの紹介です。
子規の俳句を、春、夏、秋、冬、新年、雑に分類するとともに、季語での検索もできます。
松山市内の句碑の内容や場所を紹介した書籍『俳句の里 松山』およびホームページを紹介しています。
子規博からの様々な情報をお届けします。
子規記念博物館に親しみ、その活動に参加し支援・協力している団体についてご紹介します。
審査基準・標準処理期間
審査基準と標準処理期間の設定はこちらです。
PDF形式のファイルを開くには、Adobe Acrobat Reader DC(旧Adobe Reader)が必要です。
お持ちでない方は、Adobe社から無償でダウンロードできます。
Adobe Acrobat Reader DCのダウンロードへ