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「時代を切り拓いた先人たち」を発行しました

更新日:2018年6月25日

 あなたは、「このまちに住み続けたい」と思っていますか。「心地よい社会」と感じていますか。今、私たちが「当たり前」と思っていることは、本当に当たり前なのでしょうか?

発行に寄せて

 今から約150年前「泰平の世」と呼ばれた江戸時代は、居住の自由も職業の自由も信仰の自由も制限された強固な身分制社会でした。人間の社会的な欲求を封じ込めることにより、変化を極力避け安定を求めた社会で、どんなに学問が出来ようと能力があろうと、いかに努力しようと評価されることの少ない社会でした。
 慶応大学創始者の福沢諭吉が「門閥制度(身分制度)は親の(かたき)でござる」と封建の門閥制度を(いきどお)ったことは有名な話です。
 この不条理な身分制度は、江戸中期の安藤昌益の平等思想や幕末の農民の一揆と黒船の来航を機に崩壊しました。「すべての人は生まれながらにして平等である」という近代的な人権思想が、西洋からもたらされたからです。
 1868(明治元)年の明治維新で「四民平等」が打ち出されました。1871(明治4)年にはいわゆる「解放令」と呼ばれる太政官布告が出され、それまで被差別身分におかれていた人々も「身分・職業とも平民と同様とする」とし、江戸時代の身分差別は法的にはなくなりました。
 その後、自由民権運動や大正デモクラシーを経て今日の民主主義が確立されました。それを支えたのは有名無名を問わず多くの市民でした。
 この松山にも既に高い評価を得、全国的に名の知られている多くの先人がいます。また、よく知られた業績とは別に改めて光を当てるべき功績もあります。一方、立派な足跡を残しながらも歴史という舞台に縁がなく、ただ記録の上にのみ書き留められた方や市井の人として地域の住民にしかその遺徳が語り継がれず、やがて時とともに忘れられつつある方も多くいます。
 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」ではじまる我が国の人権宣言ともいえる水平社宣言は、1922(大正11)年3月3日全国水平社創立大会において朗読されました。1923(大正12)年に愛媛県水平社が創立され、今年で90年を迎えます。私たちは、この機会に埋もれ風化しかけたこうした方々の功績や生き様といったものを再評価することで、私たちの社会の成り立ちをもう一度振り返り、今後の生き方の指針にしていきたいと思います。
 こうした観点から、まとめあげた21人の先人の生き方に人権思想がどのように確立されたのかを辿っていただければ幸いです。

掲載内容

  • 「日本騎兵の父」 秋山好古(あきやまよしふる)
  • 「正直第一」(硬骨のリベラリスト) 安倍能成(あべよししげ)
  • 「百年先を考えろ」 伊佐庭如矢(いさにわゆきや)
  • 「私には俳句がある」 石田波郷(いしだはきょう)
  • 「日照りとの闘い」 今村久兵衛(いまむらきゅうべえ)
  • 「仏教改革者」 一遍上人(いっぺんしょうにん)
  • 「人権問題への取組と平和主義の実践」 加藤恒忠(拓川)(かとうつねただ たくせん)
  • 「部落解放・労働運動の指導者」 小林実(こばやしみのる)
  • 「労研饅頭と夜学校奨学会」 竹内成一(たけうちせいいち)
  • 「塀のない刑務所」 坪内寿夫(つぼうちひさお)
  • 「愛媛県水平社の創立」 徳永参二(とくながさんじ)
  • 「至誠の人」 新田長次郎(にったちょうじろう)
  • 「夜間中学校長」 西村清雄(にしむらすがお)
  • 「松山藩最後のお殿様」 久松定謨(ひさまつさだこと)
  • 「荊の道を乗り越えて」 福岡實一(ふくおかさねかず)
  • 「俳句は文学である」 正岡子規(まさおかしき)
  • 「軍人の非戦・平和主義者」 水野広徳(みずのひろのり)
  • 「一粒米」 森恒太郎(盲天外)(もりつねたろう もうてんがい)
  • 「松山騒動の虚と実」 山内與右衛門(やまうちよえもん)
  • 「水との闘い」 安長九郎左衛門(やすながくろうざえもん)
  • 「太郎兵衛とお喜与さん」
  • 「ロシア兵墓地の歴史」

配布場所

市役所本館7階 市民部人権啓発課
※数に限りがございます。配布を希望される方は、人権啓発課まで事前にお問い合わせください。

一部訂正について(お詫び)

「時代を切り拓いた先人たち」の内容に一部誤りがありました。下記のとおり訂正してお詫び申し上げます。

  • 該当箇所 11ページ 12行目

【誤】設計者は大工棟梁坂本八郎、石工は石井源兵衛が担当した。
【正】設計者は、大工棟梁坂本又八郎、石工は石井源兵衛が担当した。

  • 該当箇所 11ページ 15行目

【誤】1893(明治36)年、道後鉄道を設立し、道後から三津口間の鉄道を開通させ、高浜や三津浜を訪れる人々の道後への交通路を開いた。
【正】1893(明治26)年、道後鉄道を設立し、道後から三津口間の鉄道を開通させ、高浜や三津浜を訪れる人々の道後への交通路を開いた。

  • 該当箇所 12ページ 20行目

【誤】2012(平成24)年、道後温泉本館完成から120年を迎える。
【正】2014(平成26)年、道後温泉本館完成から120年を迎える。

  • 該当箇所 54ページ 3行目

【誤】晩年には松山名誉市民第1号となった。
【正】晩年には松山名誉市民第3号となった。

お問い合わせ

人権啓発課
〒790-8571 愛媛県松山市二番町四丁目7-2 本館7階
電話:089-948-6384
E-mail:jinkenkeihatu@city.matsuyama.ehime.jp

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