このページの先頭です
一人でも多くの人を笑顔に 幸せ実感都市 まつやま
サイトメニューここから
このページの本文へ移動
文字拡大 大 中 小 配色変更 青色背景に文字が黄色 黄色背景に文字が黒色 黒色背景に文字が黄色 音声読み上げ Multilingual モバイル サイトマップ

検索について


  • くらしの情報
  • 市政情報
  • 施設案内
  • 観光・イベント

現在のページ 松山市ホームページ の中の 報道資料 の中の 2018年8月 の中の 台湾・嘉義大学(嘉義農林)OBが来松し近藤兵太郎氏モニュメントを訪問します のページです。

本文ここから

台湾・嘉義大学(嘉義農林)OBが来松し近藤兵太郎氏モニュメントを訪問します

更新日:2018年8月3日

発表内容

目的

 松山市は台湾・台北市と平成26年10月に「松山市・台北市友好交流協定」を締結し(平成29年10月再締結)、観光、文化、スポーツ、教育分野で交流を進めています。
 台湾・嘉義大学(嘉義農林)OBの皆さんが近藤兵太郎氏のモニュメントを訪問します。嘉義農林学校を監督として甲子園で準優勝に導き、台湾野球の普及や発展に貢献した近藤兵太郎氏ゆかりの地をめぐるための来松です。

日時

平成30年8月6日(月曜日) 10:30〜

場所

松山中央公園内近藤兵太郎氏モニュメントと坊っちゃんスタジアム (松山市市坪西町625番地1)

次第

10:30〜 近藤兵太郎氏モニュメント訪問
        あいさつ、記念品贈呈 松山市長 野志 克仁
        記念撮影
10:40〜 坊っちゃんスタジアム視察 案内 松山市長 野志 克仁
10:50〜 野球歴史資料館視察

訪問者

嘉義大学(嘉義農林)OB 団長 蔡 武璋 ほか40名

近藤兵太郎氏

 1888年愛媛県松山市萱町に生まれ、1918年松山商業学校野球部初代監督になり、同校6年連続全国出場など松商第一黄金時代を築きます。1928年頃から台湾の嘉義農林学校野球部を指導し、1931年(日本統治時代)に同校を甲子園準優勝へと導きます。1946年に日本に引き上げた後、新田高等学校などで野球部監督を務めました。没年1966年5月19日。
 2014年台湾で嘉義農林学校野球部の栄光と友情の歴史が「KANO」というタイトルで映画化され好評を博し、2015年1月に「KANO1931海の向こうの甲子園」のタイトルで日本で公開されました。

お問い合わせ

課名:スポーティングシティ推進課
所在地:松山市二番町四丁目7−2
課長:矢野 秋文
担当執行リーダー:野口 信隆
電話:089−948−6226
E-mail:sports@city.matsuyama.ehime.jp

本文ここまで

サブナビゲーションここから

2018年8月

情報が見つからないときは

お気に入り

編集

サブナビゲーションここまで


このページのトップに戻る

松山市役所

〒790-8571 愛媛県松山市二番町四丁目7番地2
電話:089-948-6688(代表・24時間対応)
[開庁時間] 平日午前8時30分から午後5時まで(土日・祝日・年末年始を除く)
 ※施設・部署によっては異なる場合があります
[コールセンター(午前8時〜午後9時)] 電話:089-946-4894 ファクス:089-947-4894
Copyright © Matsuyama City All rights reserved.