クモガタ類(クモガタ綱 Arachnida)は基本的に頭胸部と腹部の2部からなる体と、6対の付属肢(1対の鋏角、1対の触肢、4対の歩脚)をもつことを特徴とする陸生の節足動物で(二次的に海産となったものはある)、クモ、ザトウムシ、カニムシ、ダニなどが含まれる。一方、多足類(多足上綱 Myriapoda)は、ヤスデ綱、エダヒゲムシ綱、ムカデ綱、コムカデ綱の4群からなる陸生節足動物で、体は、触角と大顎のついた頭部と、各1または2対の歩脚を備えた多数の胴節からなる。
これらの多くは石下や落葉の中や山地の森林にひっそりと生活しており、あまり人気のある動物群ではないが、松山市では例外的にこの仲間の研究が古くからかなり活発におこなわれてきた。故三好保徳博士による戦前のザトウムシと戦後の多足類、故森川国康博士によるカニムシ、石川和男博士・芝実氏による土壌性ダニ類の分類研究などがそれである。
今回のレッドリスト作成にかかる種の選定作業では、小型であったり同定困難であったりといった事情がともなうコムカデ綱、エダヒゲムシ綱、ムカデ綱については現地調査で採集はしたものの、今回は種リスト作成や選定を省略した。ダニ類も事情は同様であるが、今回、種リストについてはできうる範囲で作成を試みた。リストを作成した分類群についての調査・選定の概要は下記のとおりである。
クモ目(Araneae):クモは個体数の多い捕食者として陸上生態系で重要な役割を占めるクモガタ類で、世界に約40,000種、日本では1,500種が知られている。松山市のクモの既知種数は前回のレッドリスト作成時点では119(鶴崎2002)だった。松山市福角に在住だった故高橋幸雄氏が著した「愛媛県産蜘蛛目録」(高橋 1939)に掲載されていた132種は産地が未記入で、前回は松山市の記録としては拾えなかった。しかし、最近、同氏が残した多数(種名が判明したもののみで127種)のクモのスケッチ資料が見つかり、うち少なくとも94種はスケッチに記されたメモから松山市内産であることを確認できた(鶴崎・小林 2011)。これらと、その後の野外調査により新たに確認された種を加えて松山市から確認されたクモは254種となっていたが(鶴崎ら2011)、今回のレッドリスト作成での野外調査によりさらに25種を追加し、今回のリストには279種を記録できた(鶴崎ら2012)。愛媛県全体ではクモは382種の記録があり(鶴崎ら2011)、その後の未発表記録を含めると現在393種となっているが、これらの中には松山市内で未記録だがおそらく市内にも生息すると考えられる種も多く、今後さらに調査が進めば、松山市内からは少なくとも350種ほどは記録されるものと考えられる。
温暖な島嶼・海岸部から松山市の最高地点(明神ヶ森)までには1,200mを超える標高差があり、これに呼応して、クモ相もスズミグモのような南方系の種からキンヨウグモのような北方系種まで多様である。過去の記録が乏しいため、生息状況が悪化したかどうかの判定が難しいものが多いが、前回、準絶滅危惧として掲載された1種(キノボリトタテグモ)に加え、コガネグモとイソタナグモの2種を準絶滅危惧として新たに選定した。コガネグモはかつて(1960年代頃まで)はもっとふつうに見られたという証言が複数の方から寄せられていることと、その減少理由(本種が餌としておもに利用する大型ハエやカナブンなどが農業形態の変化等により減少したこと)がかなり明確であることによる。また、イソタナグモは潮間帯の岩陰、石下など生息する種であるが、海岸線沿いの道路建設と護岸で生息適地が減少したことが確実なので今回選定リストに加えた。
カニムシ目 (Pseudoscorpiones):サソリから尾をとったような外観の小型(多くは体長5㎜以下)のクモガタ類で、はさみのようなものは触肢である。森林の地表のリター層中でふつうにみられるが、他にも樹皮下や動物の巣内、海岸など生息域は広い。世界に約3,400種、日本からは約60種が知られる。愛媛県では7科27種、松山市内からは7科17種の記録(うち5種はタイプ産地が松山市内)があるが(鶴崎2012)、残念ながら 1970年代以降、本類の調査はあまり進んでおらず、生息状況は不明のものが多い。ただし、イソタナグモと同様の理由で、次の海岸性の2種については自然海岸の減少により生息地が縮小していると推測されるため今回、情報不足(DD)で選定した:イソカニムシ、コイソカニムシ。前者は北条鹿島と高浜町白石ノ鼻、後者は津和地島と高浜町白石ノ鼻でいずれも1950年代に記録されている(Morikawa 1958, 1960)。今回の調査では、北条鹿島と白石ノ鼻を含め岩場や崖地のある海岸の潮間帯周辺において両者の発見にはとくに注意したが再確認できなかった。
ダニ目 (Acari) は、体が小型で、種数が膨大であることにより(また同じ理由により各分類群の分類の専門家以外には同定作業が容易でない)、各種の生息状況の把握が困難な分類群である。国内の他地域と比較して、愛媛県および松山市はトゲダニ類(中気門類)、ケダニ類(前気門類)、ササラダニ類(隠気門類)などの調査は先行しているほうで、松山市内をタイプ産地とする種が、トゲダニ類で18種、ケダニ類で3種、コナダニ類で1種、ササラダニ類で1種あるが、今回は種リスト作成はトゲダニ類(65種:石川 2012)とマダニ類(9種:山内 2012)とササラダニ(17種:藤川 2012)のみにとどめた。(石川2012には不完全であるが他のダニについてもわかる範囲でリスト化している)。うち、ミヤタケクロツヤムシダニ(クロツヤムシダニ科)は松山市内では生息域が著しく限定されるクロツヤムシ(クロツヤムシ科)の鞘翅下に見つかる(便乗と考えられる)種で、クロツヤムシの生息が危ぶまれると本種の個体群存続も同時に危険となる種と考えられる。
ザトウムシ目(Opiliones):ザトウムシはおもに山地の森林に生息し、1対の小さな眼をもつ豆粒のような体(クモと異なり、頭胸部と腹部の間がくびれない)と非常に長い脚がめだつ動物である。本類は世界に約4,100種、日本からは約80種が知られ、松山市内では7科23種が確認されている(鶴崎2012)。市全域での分布調査は不十分だが、種数のうえでの解明度はほぼ9割である。最希少種は1964年に松山市湯山青波をタイプ産地として記載されて以降、市内から長く発見例のなかったイヨアカザトウムシである(愛媛県固有種で松山市以外でも皿ケ嶺と伊予市谷上山で1回ずつ採集されていたのみ)。その後、本種は2003年に石手川ダム直下で2幼体が採集されたが依然として稀種である。ただし、レッドリストには生息地が消失あるいは減少傾向を示している3種のみを選定した(準絶滅危惧としてヒトハリザトウムシとアカサビザトウムシ、および情報不足としてゴホントゲザトウムシ)。このうちヒトハリザトウムシは、海岸性の種でかつては(おそらく1950年代頃まで)市内の梅津寺周辺の海岸にも広くみられたというが(故森川国康氏私信)、現在、本土側の松山市では重信川河口でごく少数が確認できるのみである。また島嶼部でも車道が海岸線沿いに巡らされている島(たとえば中島)では生息地はごくわずかにしか残されていない。ゴホントゲザトウムシは市内唯一の既知生息地であった御幸寺山山麓では1994年までは確認されていたが、その後は頻繁な探索にもかかわらず再発見できていない。ザトウムシ類は移動性が乏しいために地域的な分化を生じやすい動物群で、アカサビザトウムシでは皿ケ嶺山系と明神ヶ森山系の間、および中島大浦の忽那島八幡宮と他の集団の間で染色体数に差異がみられる。本種の生息域はどこでも狭く、とりわけ中島の忽那島八幡宮の集団は、社叢の林内が乾燥しすぎないよう注意が必要である。
ヤスデ綱(Diplopoda):ヤスデは落葉や菌類を食用とする、概して動きの緩慢な多足類で、1つの胴節から2対の歩脚がでているのが特徴である。世界に11,000種、日本からは約300種が既知で、松山市内からは、7目14科24種が記録されている(鶴崎2002;2012)。最終的にはさらに5~ 10種ほど追加されると考えられる。トリデヤスデ(タイプ産地:松山城山)、イシイオビヤスデ(タイプ産地:石井椿神社)、タカナワシロケヤスデ(タイプ産地:高縄山)の3種はいずれも松山市内にタイプ産地があるヤスデとして特筆されるが、残念ながらトリデヤスデとイシイオビヤスデの2種は少なくともそれぞれのタイプ産地では絶滅とみられる。ただし両種とも市内の他の場所で生息地が見つかる可能性がないとはいいきれないので、この2種を情報不足のランクで選定した。
謝辞:クモガタ類等の分科会構成員以外でも、松山東雲女子大学名誉教授石川和男博士と愛媛大学連合大学院特定研究員の高須賀圭三博士には調査協力員として今回の調査にさまざまなご協力をいただいた。田辺力博士(熊本大学)にはトリデヤスデの写真を提供いただいた。また、一部のダニ類の種リストの作成には、山内健生博士(富山県衛生研究所)と藤川德子博士にもご協力いただいた。これらの方々に御礼申し上げる。
(執筆者:鶴崎 展巨)