概要

 松山市は2002年に「レッドデータブックまつやま2002」を発行し、この中で哺乳類は13種が絶滅あるいは絶滅の危惧があると報告されている。その後、平成の市町村合併により、旧北条市と旧中島町が松山市に編入された。北条地区は高縄山系と恵良山という比較的自然環境の残っている山地を含み、一方、中島地区は大小7つの島からなり、離島という全く違った生息環境がある。

 今回、これらの新しく加わった地域に生息する哺乳類の調査に主力を置き、さらに旧松山市地域では10年経過後の哺乳類の動向を調べ、新しいデータを加えて改訂版を作成した。再検討の結果、前回のものに大改訂を行うことにより、12種を絶滅あるいは絶滅危惧種として掲載されることになった。

絶滅種(EX)2種:ニホンオオカミ、ニホンカワウソ
絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN)1種: ヤマネ
準絶滅危惧(NT)6種:ジネズミ、スミスネズミ、イタチ、ニホンリス、ムササビ、アナグマ
情報不足(DD)3種:アズマモグラ、オヒキコウモリ、ホンドモモンガ

 ニホンオオカミは現北梅本町駄場という採集地が明記された頭骨1体が愛媛県立総合科学博物館に保管されている。江戸時代後期から明治時代初期のものと推定されている。本州では1905年に奈良県での捕獲を最後に記録はなく、日本から絶滅したと判定されている。

 ニホンカワウソは環境省カテゴリーでは2012年絶滅種(EX)と判断したと発表された。愛媛県カテゴリーでは絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN)と判定されて、絶滅種(EX)とはされていない。松山市内からは生息情報は過去にも、確かなものは存在していなかった。今回、昭和30年代に垣生の三反地川でモクズガニを捕食していたニホンカワウソを目撃したという確かな聞き取り情報を入手した。具体性と詳細な観察事項から正確にカワウソと推定された。しかし三反地川も昭和30年代に住宅の急増と水質の悪化、護岸改修により30年代後半には全くみられなくなったと言う。これ以外には目撃場所が具体的な情報は得られていない。過去の捕獲データから見ても、中予地区だけ抜けているが、生息していた時代があり、今は絶滅したと判断した。

 前回掲載されていたカヤネズミ、ニホンジカ、テン、ノウサギ、キツネは調査地の拡大により、高密度に生息する場所が発見されたり、この10年間で個体数が増加に転じていると判断されるものもあり、今回リストより削除した。

 ニホンジカは福見山から明神ヶ森、北三方ヶ森、高縄山にかけて生息密度が増しており、リョウブやヒノキに食害痕が目立ってきた。鹿島のシカは過密な生息数により、クスの根元の皮が食害され枯死も増大しており、対策が必要である。

 キツネは少数ではあるが目撃情報が得られる。40年ほど前にノウサギ対策として導入された経過があり、産地も不明なままで放逐されたため、現在生息している個体は純粋な野生生物とは一線を引く必要も考慮され、リストから削除された。

 新現に追加されたアズマモグラ、オヒキコウモリ、ホンドモモンガの3種は偶発的に見つかったもので、情報も少なく、ランクが判断できず情報不足(DD)とした。

 ヤマネは新たに九川地区と大井野町愛媛大学演習林で情報が得られ、石手川上流部に孤立した小集団があると判断された。この集団が、将来も生息できるのか、遺伝子の問題からも非常に難しいと判断され、絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN)と判断された。

 中島地区からはリストに上る種は見つからなかった。この地域の哺乳類の生息は極めて希薄であり、一番大きな中島本島でもイノシシ、コウベモグラ、アカネズミの3種の密度は高いがその他ではアブラコウモリ、ハクビシン、イタチの情報が少数得られたにすぎない。本島以外ではイノシシの他にはネズミ穴、モグラのトンネルなどフィルドサインも得られず、トラップの設置でも不発であった。イノシシは睦月・中島本島・怒和島・津和地島では山中に獣道が縦横に走り、ミカン等への被害も生じている。

 人為的な自然環境への開発や改変は野生動物の減少を心配してきた。農林水産業の衰退が、働き手の高齢化や従事者の激減により起こり、放棄される農地や未整備の森林が増加している。野生生物の中でこのような環境に適応したものが急激に個体数を増し、人間生活の空間にまで進出してきている。市街地にまで出没し、負傷者まで出すイノシシの姿は異様である。ヒステリックに駆除に走るのが今までの対策であったが、増える一方で、絶滅に向かっている野生生物の種が存在することを認識し、その原因が人間生活そのものにあることを考えなければならない。常に自然環境に関心を持ち、個体群の維持には科学的な管理がなされるよう配慮する必要がある。

 多くの哺乳類は夜行性で、昼間観察できるものは少ない。小型のものはトラップで捕獲して確認する必要があり、効率の悪い作業を続けないと結果は得られない。研究者も少なく、多くの種は生息の有無さえ確認されていないのが現状である。今回絶滅危惧に指定された種も定量的にも定性的にも、十分なデータのもとに確定されたものではなく、暫定的なものと考えている。今後も調査研究が継続され、より正確なデータの集積により変更されるものである。

(執筆者:芝 実)

哺乳類一覧

和名 科名 RDBランク
ジネズミ トガリネズミ科 準絶滅危惧(NT)
アズマモグラ モグラ科 情報不足(DD)
オヒキコウモリ オヒキコウモリ科 情報不足(DD)
ニホンリス リス科 準絶滅危惧(NT)
ホンドモモンガ リス科 情報不足(DD)
ムササビ リス科 準絶滅危惧(NT)
ヤマネ ヤマネ科 絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN)
スミスネズミ ネズミ科 準絶滅危惧(NT)
ニホンオオカミ イヌ科 絶滅(EX)
イタチ イタチ科 準絶滅危惧(NT)
アナグマ イタチ科 準絶滅危惧(NT)
ニホンカワウソ イタチ科 絶滅(EX)

参考文献

  • 1)朝日新聞社編(1965)朝日百科:動物達の地球 8 哺乳類.320pp.,朝日新聞社,東京.
  • 2) 阿部永・石井信夫・伊藤徹魯・金子之史・前田喜四雄・三浦慎悟・米田政明(2005)日本の哺乳類【改訂版】.206pp.東海大学出版会,東京.
  • 3)今泉忠明監修(1997)世界絶滅危機動物図鑑①日本の哺乳類.64pp.,学習研究社,東京.
  • 4)宇田川竜男(1965)ネズミ 恐るべき害と生態.177pp.,中央公論社,東京.
  • 5)内田清之助(1970)原色動物大図鑑Ⅰ.846pp.,北隆館,東京.
  • 愛媛県貴重野生動植物検討委員会(2003)愛媛県レッドデータブック Red Data Boook,EHIME―愛媛県の絶滅のおそれのある野生生物―.447pp.愛媛県民環境部環境局自然保護課,松山.
  • 7)愛媛県編(1951)忽那七島調査書.60pp.愛媛県.
  • 8)愛媛県編(1978)第2回 自然環境保全基礎調査 動物分布調査報告書(哺乳類).19pp.,愛媛県.
  • 9)愛媛県編(1992)奥道後 玉川 県立自然公園ガイドブック.30pp.,愛媛県.
  • 10)愛媛県編(1992)皿ヶ嶺連峰 県立自然公園ガイドブック.30pp.,愛媛県.
  • 11)愛媛県博物館編(1978)愛媛県内公私立博物館所蔵 愛媛県博物館資料 総合目録.  第1集 自然史部門.75pp.,愛媛県立博物館..
  • 12)愛媛県北条市(1965)北条市の人文・自然.258pp.,北条市役所.
  • 13)岡田要(1965)新日本動物図鑑【下】.763pp.,北隆館.東京.
  • 14)株式会社パスコ編(2000)重信川国勢調査(小動物調査)春季調査報告書,夏季調査報告書,秋季調査報告書.88pp.,
  • 15)環境省(2002)改訂:日本の絶滅のおそれのある野生生物哺乳類.177pp.,財団法人自然環境研究センター,東京.
  • 16)環境庁編(1981)第2回自然環境保全基礎調査動植物分布図.愛媛県.19pp.
  • 17) 環境庁編(1991)日本の絶滅のおそれのある野生生物―レッドデータブック―(脊椎動物編).340pp.,自然環境研究センター,東京..
  • 18)環境庁編 (1993) 日本産野生生物目録―本邦産野生動植物の種の現状―(脊椎動物編).自然環境研究センター(東京).80pp.
  • 19) 建設省松山工事事務所編(1996)重信川 水と緑の渓流づくり調査結果(平成4年度~平成7年度)、水と緑の渓流づくり調査状況(平成8年度).84pp.
  • 20) 建設省松山工事事務所編(1996)重信川 河川水辺の国勢調査結果(平成4年度~平成7年度)河川水辺の国勢調査状況.23pp.
  • 21)高知新聞企業出版部編(1997)ニホンカワウソやーい!―高知のカワウソ読本―.287pp.高知新聞社,高知.
  • 22) 四国地方建設局松山工事事務所編(1998)平成10年度 河川水辺の国勢調査結果(ダム湖版)(両生類・爬虫類・哺乳類調査)石手川ダム.23pp.
  • 23)清水栄盛(1961)愛媛の動物.235pp.,松菊堂,松山.
  • 24)清水栄盛(1975)ニッポンカワウソ物語.159pp.,愛媛新聞社,松山市.
  • 25)とべ動物園編(2008年1月~ 2011年12月):愛媛県自然保護課委託 保護野生鳥獣台帳.
  • 26)中島町誌編集委員会(1968)中島町誌.993pp.,中島町役場.
  • 27)ねずみ駆除協議会編(1976)ねずみ駆除ハンドブック.210pp.,日本環境衛生協会,東京.
  • 28)林寿郎(1997)エフロン自然シリーズ 動物Ⅰ.Ⅷ+224pp.,64pls.,保育社,大阪.
  • 29)林寿郎(1997)エフロン自然シリーズ 動物Ⅱ.Ⅻ+228pp.,64pls.,保育社,大阪.
  • 30) まつやま自然環境調査会編(2002)レッドデータブックまつやま2002 松山市における絶滅のおそれのある野生生物.246pp.,松山市環境部,松山.
  • 31) まつやま自然環境調査会編(2002) 松山市野生動植物目録2002.270pp.松山市環境部,松山.
  • 32)松山市編(1993)松山市史.第Ⅰ巻,二 動物、267-303.松山市.
  • 33)宮内達郎・前田喜四雄(2002)愛媛県八幡浜高校敷地内で2000年3月に採集されたオヒキコウモリについて.南予生物,40-41.
  • 34)北条市誌編集委員会(1981)北条市誌.北条市誌編纂会,北条市.
  • 35)森川国康(1975)愛媛の自然.愛媛県文化双書22.186pp.,愛媛文化双書刊行会,松山市.
  • 36)森川国康・神崎雅弘(1976)愛媛県における大中型哺乳類の生息状況について.松山東雲短期大学研究論集7(2):129-141.
  • 37)四電技術コンサルタント編(1995)平成6年度石手川ダム自然環境調査業務報告書(両生類・爬虫類・哺乳類).64pp.
  • 38)四電技術コンサルタント編(2006)平成17年度石手川ダム河川水辺の国勢調査業務委託 現地調査結果.54pp.

(執筆者:芝 実)

用語解説

害獣(がいじゅう) 田畑や森林で作物や樹木を食害したり、人に危害を引き起こす危険性のある動物をいい、許可を得て駆除することができる。
狂犬病(きょうけんびょう) 狂犬病ウイルスの感染によって起こる温血動物(鳥類を含む)および人の病気で、急性致死性の脳脊髄炎が特徴。人が狂犬病にかかると水を恐れるようになるので恐水病ともいう。
ジステンバー 犬ジステンバーウイルスによって犬(特に子犬)が感染し、風邪症状や結膜炎、肺炎、出血性腸炎のほか、神経症状になるとけいれんや運動失調を引き起こし、脳炎になると死亡する。
狩猟獣(しゅりょうじゅう) 狩猟(主として鉄砲による狩り)の許可を受けている人が、狩の対象としてよい動物。種類や場所、期間が定められている。
漿果(しょうか) 細胞液に富んだ果肉を持つ果実。イチゴやナス科植物の果実。
食物連鎖(しょくもつれんさ) 小型の昆虫などが植物を食べ、昆虫はモグラやネズミに食べられ、ネズミはキツネに食べられるというように生物同士が食う食われるでつながっていること。
食痕(しょっこん) 動物の食べ残しのこと、クリやドングリの皮、マツ笠の破片等、動物によって残し方が異なるので、種類の推定に役立つ。
前腕長(ぜんわんちょう) コウモリの前肢の基部より膜の先端の爪までの長さ。
体高(たいこう) シカやウシの肩胛骨部位(前肢部位)の背丈。
頭胴長(とうどうちょう) 口先から尾のつけ根までの長さ。
尾長(びちょう) 尾のつけ根から先端部までの長さ(毛の長さは除く)。
飛膜(ひまく) ムササビやコウモリなどは前肢・体側・後肢にわたって皮膚が発達して膜状になり、滑空や飛行の時これを広げて風を受けて飛ぶ。コウモリの前肢では翼になっている。
松喰虫(まつくいむし) 松を加害して枯らす害虫類を総称しているが、主犯はマツノザイセンチュウとされている。この線虫が媒介者であるマツノマダラカミキリを通して松に侵入した後、増殖して組織を加害する結果、松の樹脂の分泌や水分蒸散が低下し、枯死する。

(執筆者:芝 実)