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松山市鷹子町 浄土寺 昭和62年5月26日 指定
【解説】 不動明王は、激しい力を表す仏として、わが国では平安時代以降、密教の隆盛とともに信仰、造像が盛んになり、以後時代と共に像容も変遷する。 浄土寺の不動明王は通称三尺不動といわれ、像高が94.4cmの一木造の立像である。頭頂に蓮華をいただき、髪は小さいかたまりを数多くつくった巻髪を左肩に垂らし、目は右を大きく見開き、左をすがめた天地眼で、唇をかみしめ牙を上下に現し、岩座に立つ威風堂々の作風は明らかに平安時代後期の作と見られる。右手首から先は補修の跡が見られ、宝剣、羂索は後補であり、塗料の剥落も目立つが、原形はほぼそのままに伝えており、当地に現存する仏像では大宝寺の諸仏に次ぐ古い像である。脇侍の制(タ)迦、(コン)羯羅の二童子及び光背の火焔は後補である。 台座の銘文によると、宝暦6(1756)年光背の火焔と台座を再建したとあるが、二童子もその時の追補と考えられる。その銘文に不動明王は興教大師作と伝えているが、それを裏付ける資料は別に見当たらない。
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