池之内古文書 5通

更新日:2012年3月1日

「池之内古文書」について

文化財の区分

松山市指定有形文化財(古文書)

指定(登録)年月日

昭和38年2月16日 指定

所在地及び所有者(管理者)

松山市夏目 個人蔵

解説

 大同年間(平安初期で806年より)の初めごろ、最澄に学んだ光定(こうじょう)という僧がいた。光定は最澄を助けて今までの仏教を改める運動を起こした。この運動の一つとして奈良の僧と仏教の上で論争をしたこともたびたびあった。なかでも興福寺の僧義延との論争は有名である。最澄亡きあと天台宗の中心人物として活躍し、嵯峨天皇にも重んぜられた。
 五明の仏性寺(ぶっしょうじ)は光定の開いたものである。天安2年(858年)8月10日に88歳で死んだが、その子孫が風早郡池の内を領地として「池の内」という性を名乗った。光定の子孫は河野通信の安堵状を得て上記の土地に居住したのである。これら河野氏との関係文書を「池の内文書」という。
 建保3年(1215年、鎌倉初期)2月6日付けの河野通信より公通への土地譲度状1通、建保4年(1216年)5月16日付けの同氏への置文(おきぶみ)2通、河野通朝の康永3年(1344年)の安堵状1通、明応9年(1500年)年9月9日付けの膳賢(ぜんけん)の置文1通以上5通を一巻にまとめて保存しており、河野氏関係の古文書としては県下最古の貴重な存在である。ただし、所有者の意思により、子規記念博物館に寄託し管理されている。

お問い合わせ

文化財課(文化財保護担当)

〒790-0003 愛媛県松山市三番町六丁目6-1 第4別館2階

電話:089-948-6603

E-mail:kybunka@city.matsuyama.ehime.jp

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